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発売記念SS公開! 『もう一つの物語〜転生したので次こそは幸せな人生を掴んでみせましょう〜下』
2017.05.26 <PASH! PLUS>
PASH! PLUS
本日発売のPASH!ブックス最新巻
『もう一つの物語〜転生したので次こそは幸せな人生を掴んでみせましょう〜下』
(著:佐伯さん イラスト:カスカベアキラ)
発売記念SSを特別に公開!
『元従者の新たなる目標』
姉様と兄様が結婚してから一年も経つと、兄様は僕の家庭教師を辞めた。正しくは「もう俺に教えられる事はなくなったから、もっと適性のある人間に教えて貰った方が身になるぞ」と言われたのだ。
既に一定の水準までは達してしまったらしい。確かに、僕は自分でも思うけど物覚えはいい方だ。凄い天才とまではいかないけど、そこそこに何でもこなせる人間だから。
兄様に言わせれば姉様に比べても早い、との事で。……まあ姉様は豊富な魔力でゴリ押ししてる部分がある、と兄様は苦笑して付け足したけど。
まあそんな訳で兄様の代わりに、僕に魔術を教える人が現れた。身近で、ある程度暇があり、魔術に長たけた人。
「……私が教える事があるのでしょうかね」
そんな困ったような声を上げたのは、元姉様の従者だったジルだ。
僕の新たな家庭教師役は、ジル。丁度手が空いたから僕につけてもらった。
姉様について行ってシュタインベルトで従者を続けるという事も出来たけれど、ジルは固辞した。「リズ様に気を使わせるのは申し訳ないし、セシル様もかつての刺客がまた側に居るのは複雑でしょうから」と言って。
……二人共気にしないと思うのだけど、律儀な男だった。
まあそれは半分建前で、本当は仲睦まじい二人を見るのはまだ癒えきっていない心には辛いからなんじゃないかな、と僕は思うのだけど。あと純粋にジルはシュタインベルトが嫌いだからね、サヴァン関係で。
「沢山教えてもらう事はあるよ? 何だかんだジルは強いじゃん、少なくとも今の僕よりずっと」
「経験を積んだ年月が違うだけですよ」
さらりと言ってのけるジルだけど、そこには並々ならぬ努力が付随する事を僕はよく知っている。空き時間や夜中に魔術の鍛練に励んでいた事も知っているのだ。……それが姉様の為であったから、僕としては何とも言えない気持ちになる。
「まあジルも二十六……だっけ? 幾つから魔術に取り組んできたの?」
「物心ついた頃ですので、三、四歳からですね。二十年は魔術を扱っていますから」
「年季入ってるね。魔術を嫌いにならなかったの?」
こう聞いたのは、ジルの生い立ちをよく知っているからだ。
従者になるまでの仔細を姉様には話してないようだけど、父様からそれとなく聞いた僕は、ジル本人からも聞いた。姉様が概要だけしか知らない内容を。
押し付けられてやらされたサヴァンの使命とやらは当然褒められたものじゃないのだけど、だからといって僕はジルに嫌悪感を抱くつもりはない。綺麗事だけじゃ生きていけないのは、姉様より分かっているつもりだし。
「……正直、従者になるまでは嫌いでしたよ。それでも生きる為に必要な術であり重宝はしてましたが。今では好きです、自分の実力を磨くのは好きですし」
「ジルって姉様が全てのターニングポイントだよね」
「そうですね。……リズ様に救われたからこそ、今の私が居る訳ですし。生き甲斐でしたよ」
「……今の生き甲斐は?」
これを聞くのは悪い気がするのだけど、それでも聞いておきたかった。姉様という支柱が居なくなった今、彼は何の為に生きるのだろうかと。
心の中に真っ直ぐで硬い芯がある人間は強い。けれど、それが折れてしまったらあっという間に崩れてしまう。
僕の不躾とも言える問いかけにジルは目を丸くしたけれど、次の瞬間には緩やかな苦笑が紡がれる。
「まだ見つかっていないですね。リズ様からは自分の為に生きてみてとは言われましたし、まずは自分のやりたい事探しですかね。したい事、と言われても、今まではリズ様の喜びが私の喜びでしたのでちょっと困りますけども」
「姉様一筋だったもんね。まあ、良い機会だと思うんだ。誰かに依存するんじゃなくて、自分自身で立てるようになったら?」
我ながらきつい物言いだと思う。けれど、これくらい言わなければ、今まで姉様の為と自分を捧げてきたジルには響かないだろう。
これからは、ジルが自分の意思で自分のために生きていかないといけないのだから。
「……あなたは私にやや辛辣ですが、言っている事は的を射ているのですよね。取り敢あえずはあなたを誰もが認める立派な魔導師に育て上げる事にでも専念しましょうかね」
「じゃあお任せするよ。……というか取り敢えずでそこまで出来る自信があるなら自分が導師とか目指せば良いのに。姉様の為じゃなくて、自分の為に」
ジルは姉様を得る為に父様に勝つ事を目標にしていたみたいだし、僕としてはこのまま登り詰めたら良いなあと思うのだ。だって、その腕前を腐らせるなんて勿体ない。
僕は父様のように侯爵家の当主と魔導院の長を両立するつもりはない。僕の目標は国政に関わる立場になる事だから。
それなら実力があって信頼のおけるジルがなってくれた方が連携が取れると思うんだよね。
なんて、上手くいった未来を想像して笑ったら、ジルは翠の瞳を丸くしていた。
「導師に、ですか。それは考えていませんでした」
「父様も実力は認めてるんだから、きっと出来るんじゃない?」
「……それも考えておきますよ」
ジルは僅かに思案顔だったけど、僕の提案を否定しなかった。ふっと表情を緩める。それだけで今後の目標が決まったように見えたのて、僕もまた笑って「まあまずは僕を鍛えてよね」と後押しするように背中を叩いた。
終
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