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発売特典SS 公開『ヒロインな妹、悪役令嬢な私2』
2016.09.05 <PASH! PLUS>
PASH! PLUS
PASH!PLUSでしか読めないショートストーリーです❤︎
『ハイ・ヒール』
リンディスは、ノワール家に雇われたメイドである。
彼女の仕事は主にお嬢様方の世話だ。聞き分けのいい妹のミシュリーより個性を爆発させるのが日常のクリスの世話に、リンディスの仕事の大きな割合を占めるのはご愛敬だ。
さて、そんなノワール家姉妹の服を用意するのもリンディスの仕事であった。
ご令嬢方の服を用意する予算をもらったリンディスだったが、年齢も十を超え、愛らしいだけではなく少女特有のかわいらしさを見せ始めた二人をどう着飾ろうか頭を悩ませていた。特にクリスは着道楽な面がある。その彼女を満足させ、ついでにあのお転婆をどうにか抑え込めるような服飾はないだろうか。
難題を前に唸っていたリンディスだったが、ふと名案を思い付いた。
「どうです、お嬢さま!」
そうして思いついた案を実行し、用意した服をクリスに着せたリンディスは、ご満悦で満面笑顔だった。
今回用意した服は、黒と淡い紫を基調としている。
落ち着いた色合いは絢爛さよりはシックな雰囲気を醸し出している。そこにはクリスのお転婆な雰囲気が抑えられればというリンディスの願望がそこはかとなく込められている。
その服は幼さを脱局して成長を続けているクリスにはとてもよく似合っていた。
「リンディス……」
だが新調された普段着を身に着けたクリスは、複雑そうな顔をしている。着道楽なクリスにしては珍しい反応だが、もちろん理由があった。
「……これ、歩きにくい」
とんとん、と履き心地を悪そうにしているのは、黒いヒールだった。しかもただのヒールではない。踵部分が急傾斜になったハイヒールだ。ちなみに、クリスはハイヒール初体験である。
お嬢様から文句を受けたリンディスは、笑顔できっぱりと言い切る。
「我慢してください」
そこを譲る気は一切なかった。何せリンディスの策は、その靴にこそあるのだ。
ヒールは歩きにくい。それがハイヒールともなればなおさらだ。地面に対して斜めになっている靴底は、人間の構造の摂理に真っ向から反している。普通に歩いていたら足をくじく。慣れていない人間ならばそもそもまっすぐ立てない。時として疲労で足が攣る。正式な歩き方を学び身につけなくては膝を屈する。ハイヒールとはそれほど過酷なおしゃれアイテムなのだ。まだ子供の区分にいるクリスティーナには、あまりにも辛いだろう。
だが、見栄えというものは常に、森羅万象に果敢に反抗することによって作られるものだ。
「ほら、ミシュリーの新しい靴はもっと踵が低かっただろ? 私もあのくらいに――」
「我慢してください」
お嬢様が何か言おうとしたが、先ほどと同じ言葉で反論を押しつぶす。
動きにくいことはいいことだ。少なくともクリスに限定すれば、とてもいいことだ。そしてミシュリーはクリスのようにアクティブな問題児ではないので、踵の高さを押し上げる必要はなかった。
そして、もっと大切な理由が一つ。
「だって、とてもお似合いですよ、お嬢様」
本心から、リンディスはクリスティーナ装いを誉めたてる。
まだ未成熟ながら少しずつレディへと成長してるクリスに、足を伸ばして魅せるヒールはとてもよく似合っていた。かわいらしさを前面に押し出すべき容姿をしているミシュリーとは好対照に、クリスティーナは大人びた美貌を身に着けつつある。
お嬢様の魅力を最大限引き出した自負のあるリンディスは、笑顔で保証する。
「いまのお嬢様を見れば、シャルル殿下も惚れ直します! 間違いありません!」
「しゃ、シャルルは関係ないだろ!」
顔を真っ赤にしつつもまんざらでもないお嬢様は、いかにも思春期らしくてかわいらしい。リンディスは改めて自分の仕事の成果に満足した。
そうしたやり取りがあった後の日、廊下でクリスティーナから声をかけられた。
「あ、リンディス」
「はい、どうしました、お嬢様」
「ふふんっ、ちょっと今日はリンディスにお礼を言いたくてな」
もうすっかりヒールで歩くことに慣れたお嬢様は、器用にも下品にならない仕草で片足を上げ、誇らしげに踵を指さした。
「今日、このハイヒールで殿下の足の甲を踏み抜いてやったんだ!」
「え」
とても楽しそうな報告の内容を聞いてリンディスは絶句する。
殿下というのは、きっと第一王子のエンド殿下のことだろう。仲睦まじいシャルル殿下との関係とは違って、エンド殿下と仲が悪いことはリンディスも察していた。
呆気にとられるリンディスをよそにクリスティーナは上機嫌に続ける。
「いいな、この踵! 周囲に気が付かれないように相手を攻撃できる武器になるんだな! しかも攻撃力が高いっ。いいものを用意してくれてありがとうな、リンディス!」
きらきらした笑顔のまま報告を終えたクリスティーナは颯爽と歩き去っていく。堂々としたその背中を茫然と見送っていたリンディスだが、やがて膝からがくりと崩れ落ちた。
「う、うう……そうじゃないのにぃ……!」
自らの敗北を悟ったノワール家のメイドは、ただ涙した。
(了)
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