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2016.10.28 <PASH! PLUS>
PASH! PLUS
【正直な師弟】
どうしてキアラはこの形を選んだのか。
彼女の師匠、ホレスを見る度にレジーは不思議に思う。顔が似ていたものを思い出して……と言っていたけれど、体
型は特に似ていないらしい。
そんなキアラの師匠ホレスは、行軍時はキアラがしっかりと抱えているものの、デルフィオンの城など警備がしっか
りとしている場所などでは、よく部屋に置き去りにされたり、他の人に任されている。
キアラ曰く「そこそこ重いから」だそうだが。
今日は周りに回って、なぜかフェリックスが預かっていたので、レジーが引き取った。
「殿下が預からずとも……」と一人の騎士が言い出したのを、フェリックスが止めて耳打ちしていた。
「あの人形を殿下が握っていれば、必ずキアラ嬢が取りに来るだろう?」
「あ……」
フェリックスの説明で、その騎士も納得したらしい。
そう、レジーはキアラ寄せのためにホレスを確保したのだ。
最近のフェリックスは、ますますレジーの意図を正確に理解してくれるようになってくれている。満足していると、
ホレスがふっと息をついた。
「元から絡め手を使ってはいたが、最近は指輪といい、大胆になってきたのぅ」
壺の中に頭を突っ込んだような微妙に反響する声で切り出されたのは、キアラに渡した指輪のことだった。
「キアラが私から渡したものだと言ったのですか?」
「言わんでもわかるわい。……ケッ」
毒づくホレスだったが、レジーの方は口元に笑みが浮かぶ。ホレスの口ぶりから想像するに、装飾品を送ったのはレ
ジーだけだとわかったからだ。一緒に町に出たのだから、カインだって何かをする可能性もあったのだけど、彼は護衛
の方を優先したのだろう。それでも一応尋ねてみる。
「では、他の人間がキアラに何か贈り物をしたことはないのですね」
「お前さんとエヴラールの辺境伯夫人だけじゃろ。ふん、あのちんくしゃ弟子のどこがいいんかいのぅ」
ホレスの言葉に、レジーは笑い出しそうになる。
ホレスの悪態は恥ずかしさの裏返しだ。キアラのことを目に入れても痛くないほど可愛がっているのだから。でなけ
れば、近づく男のことをいちいち気にしたりしないだろう。
そんなホレスをからかいたくなって、レジーは部屋のテーブルに肘をついて目線の高さを近づけた。
「可愛いじゃないですか。素直だし、喜んだり悲しんだりする表情もわかりやすいですし」
「そんな娘はほかにもいるじゃろ」
娘か孫のように思っているキアラを褒められて、ホレスも悪い気はしないらしい。人形の体をもじもじとさせている。
見ていると吹き出しそうになるので、レジーはちょっと視線をそらした。
「もっと、それらしい理由が必要ですか?」
尋ねると、ホレスが慌てる。
「そういう恥ずかしいことを人前で話せるわけないだろう!」
「フェリックス達がいるからですか? 気にしなくてもいいんですよ? 時々そんな話はしていますからね?」
「お前、けっこう嫌な奴じゃな……」
当のフェリックスなどは、人形をからかうレジーに微妙そうな視線を送って来る。
「そもそもだ、好きになる点なんぞ自分でもわからん場合もあるじゃろうが。なんとなくとか……はっきり言える人間
ばかりじゃないだろうに、ずらずらと理由を並べられた方が、嘘くさいわ」
恋愛における機微について語る人形に、笑いがこみ上げる。
こう話すということは、いつの間にかよくわからずに好きになった相手がいるのだろう。
意外と正直な老人の魂が入った人形と話していると、レジーはもっとからかいたくなって、うずうずしてくる。
「そもそも指輪なら、モテる男でなくとも渡すでしょう? ホレスさんだって一度や二度くらいは渡そうと思ったこと
はあるのでは」
「そりゃあの、わしにだって甘酸っぱい経験もなくはない。まだ純粋だった紅顔の美少年の時代には、憧れの師に感謝
の印として指輪を捧げようとしたこともだな」
やんわりつつくと、ぽろぽろと色んなことを漏らす。
「ホレスさんの師匠はお綺麗な方だったんですね?」
「は、はぁ!?だから感謝の印としてだな……」
「美人じゃないと、ホレスさんなら別な物を渡しそうだなと思いまして」
「まぁ確かにこう、悪くはない……顔立ちはまぁ、並よりちょっとよいというかそんなぐらいだったかの。じゃが恩人
だったから……」
ホレスはしどろもどろながらに色々と告白する。正直に言わない傾向があるホレスが「悪くない」と評価するのだか
ら、綺麗な人だったのだろう。
「恩人ということは、その師匠さんに助けてもらったことがあるんですか?」
「いやまぁのぅ。弟子にしてくれと頼みに行った時にな……ちょっとな」
だんだん声が小さくなるホレスが面白い。
その時、ようやくキアラがホレスを探して尋ねてきた。
「あの、すみません。うちの師匠がここにいるって聞いたんですけれど」
「待っていたよキアラ」
扉を開けて入って来たキアラに微笑みかけると、彼女はうっと言葉に詰まったように立ち止まり、顔を赤くする。
きっと指輪の件を思い出したせいだろう。
実に似た者同士の、正直な師弟だなとレジーは笑いそうになったのだった。
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