interview
『劇場版 夏目友人帳 ~うつせみに結ぶ~』大森貴弘総監督が語る“映画観”。劇場版で描かれた夏目貴志の姿とは
2018.10.15 <PASH! PLUS>
PASH! PLUS
――夏目貴志をなるべく普通の高校生として描きたかった
9月29日より公開中の『劇場版 夏目友人帳 ~うつせみに結ぶ~』。本作は、『夏目友人帳』シリーズ初の劇場長編オリジナルエピソードが描かれています。
今回PASH!PLUSでは、シリーズに10年間携わってきた大森貴弘総監督にインタビューを実施。劇場版制作の経緯や劇中エピソードなどについてお話を伺いました。
――TVアニメ化10周年おめでとうございます。『劇場版 夏目友人帳~うつせみに結ぶ~』は、シリーズ初の長編オリジナルエピソード。オリジナルで作ることになった経緯は?
特別に「オリジナルでなくては」というわけでもなかったのですが、劇場版として観ていただくにあたり、お客さまがまだ触れていない物語をお届けしたいという思いがありました。紆余曲折あって今の物語に着地しましたが、メインスタッフそれぞれの“映画観(かん)”をすり合わせながら立ち上げていった感じがしますね。
――大森総監督ご自身の“映画観”というと?
お金と時間を使って観に来てくださる方々に、その場の楽しい想いだけではなく、何かを持ち帰っていただきたい。劇場に来てそのまま飲み込めなくても、一緒に観た人と議論したり、少しずつ咀嚼していただければ…そういった広がりを重視したいという気持ちがあります。
脚本の村井(さだゆき)さんも割とそういうところがあって、当初はもうちょっと分かりづらいといいますか、エピソードそれぞれはバラバラに見えるけれど、夏目が出会ういくつかの出来事を組み合わせると結果的に見えてくるものがあるのでは、という物語の作り方を狙っていたんです。
けれども、やはり初めて『夏目友人帳』をご覧になる方もいらっしゃるでしょうし、クリアすべきことが多くて、その形の物語作りはなかなか難しいのではと大きく方向転換しました。緑川(ゆき)先生からご指摘いただいた部分もあり、いろいろと噛み砕いて今の形に落ち着きました。
――緑川先生とはどのようなお話を?
当初のプロットができた段階でお話させていただきました。細かなディテールやエピソードを一つひとつ拾って感想をいただくなかで、緑川先生が一貫されていたのはやはり…これはTVシリーズ第一期のときにも痛感したんですが…先生は、エンタテインメントを届けたいというお気持ちがすごく強いのだと思うんです。
原作を読んでいると、一定のムードを大切にする、もう少しゆるやかな物語を考えてしまうんですが、原作のコマを拾って絵コンテにする作業をしていくと、アクティブで、物語にもっと抑揚がある、エンタメ作品として先生は描きたいんだなということが伝わってくるんです。劇場版ももう少しそういう方向に舵を切れないでしょうかというご提案があって、それで我々もちょっと反省するところがあってですね。
「何よりお客さまに楽しんでいただきたい」ということで、当時のプロットにあったネタもいくつか残ってはいるんですが、全体の構造を大幅に変えました。
――劇場版では、夏目貴志のどんな姿を描こうとしたのでしょうか?
これは最初のプロットからそう変わっていないのですが、夏目自身が体験して、彼の中のどこかに引っ掛かっているものを回収して、最終的に夏目自身に回帰する物語をと考えました。
TVシリーズであれば1クールを通して夏目という人物を描けますが、劇場版の尺でゲスト妖(あやかし)の事件をひとつ解決するだけだと、夏目が受け身になってしまうんですね。そうではなく、夏目が中心になって動いて、彼自身が感じていく物語にすることを意識しました。
ゲストキャラクターについても、夏目自身に回帰していくような存在として登場させたい。一見して気付きにくいけれど、夏目と鏡になる立ち位置を意識したキャラクターもいます。
――ニャンコ先生が3匹に分裂するアイディアはどこから出てきたのでしょうか?
エンタメの方向に舵を切ったものの、急には頭が切り替わらなくてですね(笑)。スタッフの知恵も拝借しようとしていたところ、シリーズ全体を引っ張ってくれている作画スタッフが、「こんなニャンコ先生はどうでしょう?」ってらくがきを描いてくれたんです。3匹に分裂したニャンコ先生を(笑)。
その横に、「ニャンコ先生が生(な)ってる~!」ってびっくりしている夏目も描いてあったんです(笑)。「これは面白い!」って、彼女が描いてくれたメモのようなイラストから、アイディアを膨らませていきました。
――夏目とニャンコ先生の関係性についてはいかがですか?
出会った頃から変わっていないんですよね。憎まれ口を言いながらも、最終的にはニャンコ先生が助けてくれる。最近は、たしか第五期~第六期のときに神谷さんが、「最近、割と平気でニャンコ先生に助けてくれって頼むよね」ってツッコんできて(笑)。「確かにそうかもね、でも連載でも割とそうだよ?」って返して(笑)。まぁ慣れてきたのかな?って感じのふたりではありますけど(笑)。
第二期で黒ニャンコのエピソードがありましたが、劇場版の3分裂の話は、あのエピソードに影響されたところもあります。それと、多軌の初登場回あたりで(第二期『続 夏目友人帳』六話「少女の陣」~)、夏目が、妖怪が見えなくなってしまうエピソードもありましたよね。
あのときの夏目とニャンコ先生の関係性…当たり前にいるはずの存在が突然失われて、お互い感じ合っているんだけど話すこともできない…といった状況を、この劇場版でできたらいいね、という話もプロット段階で出ていたと思います。
――夏目とニャンコ先生を演じている、神谷さんと井上さんの役者としての印象を教えていただけますか?
まず、おふたりに本当に感謝しております。神谷さんに関しては、シリーズ開始当初に夏目というキャラが持っていたムードに神谷さん自身がすごく近くて、シリーズが進むごとに、夏目も神谷さんも少しずつ雰囲気が柔らかくなっていった感じがありますね。
すごく繊細な芝居を要求されていたので、第一期、第二期のころは、休憩時間とかもあまりほかの人と話をしないで、ずっと台本と向き合って役に入っていた印象です。もちろん今もそういう姿を見ることはあるんですが、シリーズ初期の夏目自身の周りとの壁みたいなものと、神谷さんの作品への向き合い方が、けっこう重なるところがあって。
TVシリーズの第一期~第二期は、夏目はこういう人物で、彼と周りの人との繋がりができていく“物語の始まり”という位置付け。第三期~第四期では、“夏目と友人たちとの関わりを中心に描く”という大きなテーマがありました。そして第五期~第六期では、だんだん周囲となじんできて、夏目自身が主体的に動けるようになった姿を描いていました。
わりと誰とも心を通わせることができるようになったからこそ、妖怪が見えることが夏目にとって孤独を作らざるを得ない状況になった。その孤独を受け入れて、いい意味で周りと対していくことを学ぶのが第五期~第六期のテーマなんじゃないかと考えながら作っていたんです。そういったシリーズごとの夏目の姿が、神谷さんとリンクしているんですよね。そういう意味でも、神谷さんという稀有な存在に出会えてよかった、夏目を彼に演じてもらえてよかったなと本当に思っています。
和彦さんに関しては、もう、この作品の屋台骨ですよね。和彦さんの芸の幅の広さ、安定感が、作品を支えてくださっています。第一期の十二話「五日印(いつかじるし)」というヒノエ初登場回で、ニャンコ先生が手乗りサイズになったり、巨大化するエピソードがあったんです。
ただでさえ、和彦さんの地声に近い斑(まだら)をやりつつ、かなり声を作ってニャンコ先生を演じてくださっている。そのニャンコ先生が、さらに小さくなったり大きくなったりする無茶振りなのに、その演じ分けが見事でした。劇場版でも、ニャンコ先生に何か事件を起こすんだったら、和彦さんにちょっと大変なことをお願いしてみようって感じもあってですね(笑)。
――トリプルニャンコ先生の収録はいかがでしたか?
労力も3倍なので大変だったと思うんですけど、こちらの想像以上にキュートに演じてくださって、すごくよかったですねぇ。言葉に頼らない感情表現が随所にあったにもかかわらず、3匹の色を演じ分けてくださいました。
――ほかに劇場版で印象的なエピソードとして、笹田が登場するシーンで、『夏目友人帳』の世界観をよく表しているくだりがありますね。
最初のプロット段階から、小さな扱いでもいいから劇場版で笹田をフィーチャーしたい、というのがあったんです。これはTVシリーズを始めるときに考えたことなんですが、僕の中では、夏目貴志をなるべく普通の高校生として描きたかった。
“普通”というのは、現代を生きるリアルな高校生ということではなくて。夏目は幼い頃に両親を亡くして藤原夫妻に引き取られたという境遇で、しかも妖怪が見える。でも彼が今生きている環境は、それほど特異なわけじゃなくて、友達もいるし、普通の高校生の日常があった上での物語にしていきたかったんです。
――そこに笹田というキャラクターが必要だと感じたのですね。
原作では時雨のエピソードでしか登場しないのですが、TVシリーズではクラスの委員長という古典的キャラクターとして、夏目の友人関係の中に一人まじる異性の子という立ち位置で笹田に残ってもらったら、高校生の夏目貴志としての等身大の空気が作れるんじゃないかと思ったんです。
「時雨と少女」の出来事をきっかけに、笹田自身は夏目に対してある種の考えを持っているはずだけど、そこはあえて掘り下げずに作ってきました。定番の委員長キャラに落ち着いて、夏目のまわりで世話をやいたりトラブルの元になったりといったことをしていてほしかったので。ただそこに、長いこと小骨のように引っかかっていた部分があって。その笹田がどう感じているかということを、劇場版だったらできるかなと思ったんです。
劇中の“弁論大会”というアイディアは村井さんが出してくれたんですが、弁論というひとつのフォーマットを使って、大きな話としてあのときの出来事を語るというやり方をしています。あのシーンは、ずっとやり残してきたことができたかなと思っています。
――とても『夏目友人帳』らしい、心に染みるセリフだと感じました。今から思い返すと、TVアニメ化がスタートするときに難しかったことや、特に大切にしたことは?
原作が力を持っているので、導かれるように作っていましたね。誤解を恐れずに言えば、緑川先生の初期の絵柄って、すごく達者ではないけれども、非常に余白があるんです。だから映像化する際には「ここはもっとこういうふうに膨らませてみようかな」という試みができました。
印象的な話数は、第一期八話のホタルのエピソード(「儚い光」)でしょうか。終盤で、ホタルと章史が立っている周りに、隠れていたホタルが一斉に飛び立つシーンがありました。緑川先生がどんなイメージで描いたのかを想像しながら、映像化する際には広がりのある光の海のような、そんな画にできるといいなとアレンジで膨らませていきました。
アニメーションには音も画も光もあるわけなので、いろいろな技を使って、原作が持っている力をもっとシンプルに伝わるようにと思ってやってきました。
――改めて、TVアニメ化10周年の心境をお聞かせいただけますか。
無我夢中でやってきたので、あまり“何周年”と考えている余裕はなかったですね。緑川先生にお会いして、先生が読者に抱いている気持ちを僕らも共有して、作っていく。それがTVシリーズ初期からずっと大切にしていることです。その結果、みなさんがアニメシリーズを受け入れてくださって、ここまで続けることができたわけで、感謝しています。
それと、最近とくに感じることがあって。何度か海外でのイベントに参加しているんですが、『夏目友人帳』という作品が様々な国の方に受け入れられていて、作品の根っこにある“誠実さ”とか“真心”みたいなものを、結果的に僕はそういった場所で返していただいていると感じるんです。だから、その想いをもう一度作品に還元していきたい。今後はそういう作業になっていくといいなと思っています。
いろんな国の方と会ってお話しするたびに、とてもストレートに「『夏目友人帳』のこんなところがよかった」という気持ちをぶつけてくださるんです。みんな、ニャンコ先生を描いてきてくれるんですよ。自分で描いたニャンコ先生の横にサインしてほしいって(笑)。やっぱり描きやすいんでしょうね。ニャンコ先生のあの造形もよかったんだろうと思うし。
こんなに大きなキャラクターに育つとは思っていなかったし、観てくださるみなさんが大きくしてくださいました。映像作品というものが、言葉の通じない人同士を繋ぐことができたんだという感慨を、『夏目友人帳』を通して何度も感じています。
――――最後に、劇場版で初めて『夏目友人帳』をご覧になる方にも、お誘いの言葉をいただけますか?
初めて観る方にも作品の本質が伝わるようにと、いろいろと無い頭を捻りながら作りましたので(笑)、楽しんでいただければと思います。たしか宮崎(駿)さんだったと思うのですが、映画を作るのに、入口の敷居はなくていいんだけど、出口は一段高くなっているのが理想的だというようなことを以前おっしゃっていたんです。
その言葉が、どこか心の片隅にあったような気がしていて。誰が観ても楽しめるように、敷居はとても低くしたつもりです。観終わったあとに、夏目ってどんな人物なのか、どんな考えをもって、どんな学びを得て、画が終わっていくのか。それなりに心に残せるんじゃないかなと思っております。ぜひご覧ください。
DATA
■劇場版『夏目友人帳』
ROADSHOW:2018年9月29日公開予定
公式サイト:http://natsume-movie.com/
公式Twitter:@NatsumeYujincho
CAST:
原作=緑川ゆき/月刊LaLa(白泉社)連載
総監督=大森貴弘
監督=伊藤秀樹
脚本=村井さだゆき
妖怪デザイン・アクション作監=山田起生
サブキャラクターデザイン=萩原弘光
美術=渋谷幸弘
色彩設定=宮脇裕美
編集=関 一彦
撮影=田村 仁・川田哲矢
音楽=吉森 信
アニメーション制作=朱夏
製作=夏目友人帳プロジェクト
配給=アニプレックス
CAST:
夏目貴志=神谷浩史
ニャンコ先生・斑=井上和彦
夏目レイコ=小林沙苗
藤原塔子=伊藤美紀
藤原 滋=伊藤栄次
名取周一=石田 彰
田沼 要=堀江一眞
多軌 透=佐藤利奈
西村 悟=木村良平
北本篤史=菅沼久義
笹田 純=沢城みゆき
柊=ゆきのさつき
ヒノエ=岡村明美
三篠=黒田崇矢
ちょびひげ=チョー
一つ目の中級妖怪=松山鷹志
牛顔の中級妖怪=下崎紘史
河童=知桐京子
津村椋雄=高良健吾
津村容莉枝=島本須美
結城大輔=村瀬 歩
ほか
©緑川ゆき・白泉社/夏目友人帳プロジェクト
タグ